TRAVEL

5/8 チベット・中国(成都)

三日目、いよいよポタラ宮へ。

朝ご飯を食べる元気は無い。薬を飲む時に、何か胃に入ってないとつらいと思い、駄菓子屋で買っておいたゼリーをお湯とともに流し込む。

そして、ガイドの李さんが差し入れてくれた強身剤のビンをとっておき、薬局で同じものを1ケース買っておいた。ゼリー、栄養剤、頭痛薬が朝の定番となった。

頭痛はやまない。息苦しさだけではない。肺から脳から、体全部が気圧の差で膨らんでいる。

外国人のポタラ宮への入場は、人数規制もあり手続きも面倒。フリーの日でなく、ガイドさんの付くこの日に、あの頂上まで行かなければ。

裏側の階段から登る。入口までガイドさんに同行し、中はゆっくり別行動と思っていたが、太陽が登ってくると体調も落ち着き、日本語説明について回る事ができた。

内部は基本撮影禁止。有料で写真を撮れるが体調も悪いのでやめておいた。

酸素濃度に敏感になった。暗くてバター灯の燃える部屋では、通路より酸素が薄いのが分かる。ポタラ宮は寺のような城のような。長い年月の生きた信仰の空気が、暗がりに満ちていた。主人の居ない博物館になってしまうにはもったいない。

山上の信仰民族。チベット人は100稼いだら70を寺に捧げるのだという。至る所に紙幣が供えられ、展示物のガラスケースのすき間にまで、お札が差し込まれている。その寺の主が、政治面でも宗教面でも最高指導者で、尊敬を集める一人の人間。となれば、統治する中国がダライラマを脅威に感じるのはわかる。

上から見下ろした様子。

しかし、この地に中華風を流し込んで文化や思想を平準化する事には、腹立たしさを感じる。戦後の日本にアメリカが入ってきて、様々な基準がズレて渾沌としている状況は連想として合っているだろうか。良いのか悪いのか分からないが、チベットはこの先、薄まってゆくのだろう。

どんな意味かは知らないが、ポタラ広場には中国の戦闘機が置かれていた。まさか、「占拠しました」の象徴ですか?

充分休憩をとり散歩に出かけた。

橋を渡ると、中国が築いた新市街でも、観光地化された旧市街でもない、普通の生活圏があった。

みんな店番をしながら編み物をしていた。

ホテルに戻ると、元気な青年が「夜に、李さんと遊びに行く」と誘ってくれたが、私たちは肌もボロボロの死相漂う顔で首を振り、部屋へ戻る。

さっそく、酸素を買いにいった。昨日のレシートを持っていって「今日も」と伝えて10元分を昨日の袋に入れてもらった。

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